Denno Coil ! 電脳コイルって? |
COIL A
CIRCLE OF CHILDREN
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■オープニングテーマ
■オープニングアニメーション
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歌詞
誰かを 探している 手を伸ばせば いつでも あるはずの ぬくもりは 幼い日の まぼろし まぶしすぎて見つめることも できない太陽 光が溢れる この道に いつも影は ひとつ 明日はそこに あるだろう |
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■歌について この歌詞は電脳コイルのストーリーの今後を暗示させるものになっている。少なくとも作詞した池田綾子さんが考える、電脳コイルの物語の本質を表した歌だと思います。私はテレビでこのOPを聞くたび、ヤサコ、京子とデンスケの温かい関係を思い出します。特に、2話でのイリーガルに感染し、弱っているデンスケを慈しむヤサコのセリフがそうです。電脳ペットというサーバー上の存在でしかない生き物に対するヤサコの感情が、本物のペットと同じように(自然に)愛する事が可能であることを証明していて温かい気持ちになります。(考えてみれば電脳ペットと言うのは非常に儚い存在ですね・・・) そして、失われていくもの、忘れられていくもの、感情(思い)など見えないものへのやさしい眼差しを、本編が進み、このオープニングを見返す度に強く感じてゆくのです。 |
■エンディングテーマ
■エンディングアニメーション
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歌詞 この道を 進んだなら いつかまた君に 会えるだろう 今はね あの痛みが教えてくれる 君の言葉の その温かさ 光と影を心に描いて 走るとき その笑った顔が勇気をくれる 何気ない言葉だけで 君が涙の日は飛んでゆくから いつでもどんなときも 揺るがない手と手 道はつづいてる つながっている |
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■歌について これもまた電脳コイルのストーリー展開を暗示させる歌詞になっている。アニメーションもまた意味深く、デンスケがトコトコと歩いているのを見ていると別れを想起してしまうのはどうして何でしょう?最後に見上げる電脳ペットのデンスケは、プログラムの塊でしかないのにそれ以上のものを感じさせる…。何かを伝えようとしているのか、こちらの何かを感じているのか全くわかりません…。 ■プリズム・空の欠片をフルで聞いてみて 聞いていて、感情を揺さぶられること何度もあって、最終話にこの歌が流れた時、一体どのように聞こえるのだろうかと怖ろしくさえ思いました。 さて、歌詞ついてですが、メロディー抜きに眺めてますと興味深いワードがあります。「もしも不安の日は半分もらおう あの時してくれたように」。まず、同じユウコという名の2人を彷彿させられますね。つづいて、20話のヤサコの冒頭ナレーションが「半分もらおうに」呼応します。 ヤサコ「私の古い記憶によると、最初に用意された体は、命のない空っぽの器だったそうです。」 さらに、22話の冒頭シーン。ブランコが垂れるあっちの空間と思わしき場所での女の言葉です。 ?「この世界を壊してはならないの。誰かがそう願った。必死に。だから私は生まれたこの世界を、この気持ちを永遠に守らなくてはならない」 ヤサコの空っぽの体に、誰かが半分命のようなものを与えた。きっと、ヤサコにとって大事な友達かもしれない。あるいは、知らない遠くの誰かかもしれない…。ヤサコは昔、大きな出来事に会った。その時何かが起こったのだろう。そしてヤサコの願いはイマーゴを介しはあるモノを生み出した。それがこの謎の女でしょう。 私は電脳コイルが放送する前、ふたりのユウコが主人公として紹介されていました。そして素直に、どうして二人は同じ名前なのか?と頭の片隅に疑問を持ちながら見てきました。このテーマソングはその二人をつなげるある秘密をもった歌でした。その秘密はこれから明かされるだろうヤサコの金沢時代の過去にあるのでしょう。 |